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福岡地方裁判所 昭和29年(行)1号 判決 1955年3月23日

原告 松藤一

被告 柳川市教育委員会

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告は「被告が昭和二十八年九月五日附を以て原告に対しなした懲戒免職処分は無効であることを確認する。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並に予備的に「被告が原告に対しなした前記懲戒免職処分はこれを取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

原告は柳川市立柳城中学校教諭の身分のまま被告委員会事務局において人事関係の事務に従事していたものであるが、被告は昭和二十八年九月五日附を以て原告に対し地方公務員法第二十九条第一項第二号及び第三号に該当する行為があるとの理由で懲戒免職処分をなした。原告は同月十二日右処分につき柳川市公平委員会に対し審査の請求をなしたが、三ケ月を経過するも何等の判定もなされないままである。しかしながら、右懲戒免職処分は次の理由により違法無効なものである。

一、本件懲戒免職処分をなすに当り被告は右懲戒免職の事由について柳川市長の認定を受けていない。即ち、原告は前記のとおり公立学校の教員であつて教育公務員特例法第三条、地方公務員法第三条により一般職に属する地方公務員であるから、これを懲戒免職に附する場合には地方公務員法第五十八条第二項第三項、労働基準法第二十条第三項により懲戒免職の事由について地方公共団体の長、本件の場合は柳川市長の認定を受けなければならないに拘らず、被告は右の認定を受けることなく、本件懲戒処分をなしたものである。右手続の欠缺は強行法規たる前記基準法第二十条に違反するのみならず、更には同法第十三条の趣旨をも没却するものであつて、明白かつ重大な瑕疵というべく、従つて本件免職処分を無効ならしめるものである。

二、本件免職処分は地方公務員法第四十九条第一項及び柳川市公立学校職員の懲戒の手続及び効果に関する条例(地方公務員法第二十九条第二項により制定されたもの)第三条に違反し、無効である。

地方公務員法第四十九条第一項は任命権者は職員に対し懲戒処分を行う場合においては、その際その職員に対し処分の事由を記載した説明書を交付しなければならない旨又前記条例第三条は懲戒処分をする場合には(一)関係者その他適当と認められる者の意見を聞く等公正を期さなければならず、(二)任命権者が当該職員に対しその責任を確認させて、その将来を戒める旨を記載した書面を交付して行わなければならない旨それぞれ規定している。面して地方公務員法第四十九条第一項によつて要求された説明書には処分の事実及び理由が具体的に明示されることを要するのであつて、右のような形式内容を具備しない説明書はたとえこれを交付しても、右法条にいう説明書を交付したことにはならないというべきである。しかるに、被告が交付した説明書は極めて抽象的であつて、具体的に処分の事由を明示していない。又被告は前記条例第三条による(一)(二)の手続を履践することなく、本件免職処分をなしたものである。而して右手続の欠缺はもとより重大かつ明白な瑕疵というべきであるから、本件免職処分は無効である。

三、本件免職処分はそのなされた動機が極めて不純であり、かつその手続過程においては公文書偽造、名誉毀損等の犯罪行為がなされている。即ち、被告委員会委員森常次は昭和二十八年三月柳川市教職員人事の大異動が行われた際に、原告に対し「人事の秘密を洩らした。」との虚構の事実を理由に、人事係の職を去るように強要し、原告がこれを拒絶するや、被告委員会委員立花和雄並に右森常次の両名は原告に対する感情を害し、爾来、原告につき「何か決め手はないか。」と探した揚句、未だ被告委員会において原告の履歴調査等について何等の審議もなされていなかつたに拘らず、原告の履歴を照会するため、被告名義を冒用して同年八月一日附東京都教育委員会宛の公文書二通を作成偽造した上これを発送し、又立花委員は委員長の地位を濫用し、原告の履歴照会のため委員長名義を以て東京都豊島区教育委員会宛の文書を作成しこれを発送した。而してその結果客観的に措信し難いような一資料を入手するや、右森委員は教育委員としての秘密保持義務(教育委員会法第三十二条)に違反し、直ちに西日本新聞、朝日新聞並に夕刊フクニチの各柳川支局員にその資料を提供して、夕刊フクニチには同年八月二十一日附紙上に、朝日新聞には翌二十二日の朝刊紙上にそれぞれ「原告は履歴を詐称していたため、懲戒免職されることとなつた。」との趣旨の記事を掲載させて、原告の名誉を毀損し「ニセ教師松藤」の印象を柳川市民に深く刻みつけ世論を自己に有利に展開させると共に、その後の八月二十二日を第一回として開かれた本件懲戒に関する被告委員会々議の議決を懲戒免職の線に誘導するのに役立たしめたものである。以上のとおり本件免職処分は極めて不純な動機から出発している外、懲戒免職処分に至るまでの過程において悪意に満ちた各種の犯罪手段が用いられているのである。右のような動機の不純は本件免職処分を違法ならしめるものであり、又右免職処分の過程において前記のとおりフエアプレイの原則に違反するものがある以上、右懲戒手続には重大な手続違背があつたものというべく、従つて右処分は無効というべきである。

四、本件免職処分は教育委員会法第三十四条第三項及び第三十七条第一項に違反してなされたものであるから、無効である。即ち、教育委員会法第三十四条第三項は教育委員会の会議は「会議開催の場所及び日時は会議に付議すべき事件とともに委員長があらかじめこれを告示しなければならない」旨、又同法第三十七条第一項は「教育委員会の会議はこれを公開する。」旨それぞれ規定している。しかるに被告は本件懲戒処分に関し昭和二十八年八月二十二日最初の討議を始めてから懲戒免職を決定した同年九月四日まで前後六回にわたり会議を開きながら、前記法条に従つて告示をなしたのは八月二十四日並に同月二十六日の二回にすぎず又会議を公開して住民の傍聴を許したのは八月二十六日の一回(しかもこの日も午前中の一時間のみで、その他は傍聴を禁止している。)のみである。そもそも教育委員会の民主的運営は法制的には会議公開の原則並に会議予告の原則によつて保障されているのであつて、会議の予告なしに開かれた委員会はたとえ形式的には公開であつても住民においてその会議の開催を知る機会がないのであるから、会議の非公開と何等択ぶところがなく、教育委員会の存在価値は絶無に近いものとなる。従つて右の告示並に会議の公開は重要な意義を有し、右の告示なくして、若しくは公開の原則に違反して開催された委員会の決定は明白かつ重大な瑕疵あるものであり地方自治法第二条第十二項に照して無効というべきである。

五、本件免職処分は教育委員会法第四十五条第四項に違反してなされた処分であるから、地方自治法第二条第十二項により無効である。

教育委員会は合議体の執行機関で委員は会議の構成員としてその職務を行うに止まり、個々の委員が一定の権限を有するものではない。又教育委員会の委員長は会議の主宰者としての地位を認められるのみで、それ以外に委員長として事務処理をすることはできず、教育委員会の事務は専ら教育委員会の指揮監督を受けて教育長がこれを処理するのである。(教育委員会法第五十二条の三)されば教育行政の専門家たる教育長は教育委員会に対し必要な報告及び資料を提出するとともに、教育委員会が討議するすべての教育事務について専門的立場から助言と推薦を行うべきものと定められているのである。(教育委員会法第五十二条の三、第二、四、五項)而してこのことは職員の人事についても同様で(同法第四十五条第四項、第六十七条第一項)教育委員会は教育長の意思を無視して人事を行うことは認められていない。しかるに、本件免職処分においては前記立花、森両委員は職権を濫用して被告委員会の事務を処理し、委員会の会議の原案の提出及び説明は教育長が行わず、すべて立花委員長が行つたものであり、殊に昭和二十八年九月四日の会議においては教育長が「原告を懲戒免職に附するは不当である。」との原案を出したにも拘らず、被告委員会は教育長の意思を無視して原告を懲戒免職に附したものである。従つて本件免職処分は教育長の意思を無視し、教育委員会法第四十五条第四項に違反して行われたものであつて、無効である。

六、被告は原告に地方公務員法第二十九条第一項第二号及び第三号に該当の行為があるとして本件懲戒免職処分をなしたのであるが、原告には右条項に該当するような事実はない。従つて、右免職処分はその要件を欠いた違法、無効のものである。

七、仮に以上の主張が全部理由がなく、原告に地方公務員法第二十九条第一項第二号及び第三号に該当する事実があつたとしても、本件免職処分は被告が他の教諭即ち久保喜登二や下川三夫等の左記の行為に対してとつた措置と比較して甚しく均衡を失するから憲法第十四条に違反し、無効である。即ち、

(1)  地方公務員法第三十五条によれば地方公務員はその職務に専念する義務があり、専念義務を除外されるためには任命権者の許可を受けなければならない。しかるに、柳川市立矢留小学校教諭久保喜登二は任命権者である被告委員会の許可を受けることなく、昭和二十八年五月頃より同年九月頃までの間自己の担当する学級を解散して他の教諭の担任に委ね、自らはその職場を放棄して原告の落度調査に狂奔した。。

(2)  前記矢留小学校教諭下川三夫は前同様被告委員会の許可を受けることなく、その担任する授業を放棄して昭和二十八年七月十日頃より同月二十日頃までの間、東京に赴き原告の履歴書を調査した。

右両名の行為は前記公務員法第三十五条の規定する職務に対する専念義務に違反し、なお(2)の場合は県外出張として被告委員会の許可を受けなければならないのにこれを無視したもので、いずれも教職員の秩序をみだす行為として懲戒処分に該当する疑が濃厚である。しかるに被告は右両名の行為を不問に付した。

(3)  又右矢留小学校々長江頭明は右(1)(2)の場合に校長として被告委員会の許可を得る等の職務をつくさず事態を放任したが、被告は右行為もこれを不問に付した。

以上のとおり、被告は原告以外の他の職員の不行跡はこれを黙認し、原告のみを懲戒処分に附するという不平等の取扱をなしたもので、これは憲法第十四条が規定する平等の原則に違反すること明かである。

以上の諸点から本件懲戒免職処分は無効というべきであるから、原告は被告に対しこれが無効の確認を求める。仮に前記の各違法事実が無効事由に該当せず、従つて右請求が理由がないとしても右各事実は取消事由に該当するから、予備的にこれが取消を求めるものである。と述べ、被告の本案前の主張に対し、柳川市公平委員会が本件懲戒処分を停職処分二ケ月に修正したことは認める。しかしながら、右委員会は原告の審査請求に対し訴願庁として地方自治法第二百五十七条第一項に定める九十日の期間内に裁決をなすべきであつたに拘らず、右期間内に裁決をなさなかつたので、原告は同条第二項により公平委員会において右審査請求を斥ぞけたものとみなして出訴したものである。而して原告において右審査請求を斥ぞけたものとみなして出訴した以上、それ以後においては、もはや公平委員会は何等の判定もなし得ないものと解すべきである。従つて前記公平委員会の判定は無効であつて。本件懲戒免職処分は依然として存在するものというべきであるから、本件訴は適法である。と述べ、本案に関する被告の答弁に対し、柳川市立柳城中学校並に被告委員会保管の原告履歴書がいずれも原告の作成にかかるものであることは認めるが、右履歴書に虚偽の記載がなされているとの点及びその余の被告主張事実はこれを否認する。と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、本案前の答弁として、主文第一項同旨の判決を求め、その理由として、原告の請求の対象たる本件懲戒免職処分は、その後柳川市公平委員会において右処分を停職処分二ケ月に修正した結果、もはや存在せず、従つて本件訴はいずれも却下されるべきである。と述べ、本案につき答弁として、原告主張事実中、原告が柳城中学校教諭として在籍のまま被告委員会事務局に勤務し、人事関係の事務を担当していたこと、被告が原告を、地方公務員法第二十九条第一項第二号及び第三号により懲戒免職処分に付し、これに関する説明書を原告に交付したこと、原告がその主張の日柳川市公平委員会に対し右処分に関し審査の請求をなしたが三ケ月を経過するものこれに対する裁決がなされなかつたこと、右懲戒処分に関しその免職事由につき柳川市長の認定を受けていないこと、及び右処分に関し被告が原告主張のとおり昭和二十八年八月二十二日より同年九月四日までの間前後六回にわたり会議を開いたが、被告主張の二回を除き告示をしなかつたことはいずれもこれを認めるが、その余の事実はこれを争う。

一、原告は昭和二十七年五、六月頃虚偽の履歴書を作成し、又同年七月一日及び同二十八年一月一日の二回にわたり不当な昇給をなし、同二十八年五、六月頃右昇給を合理的として更に有利な昇給をなさんと企図し、更に虚偽の履歴書を作成した外、福岡県教育庁備付の履歴カードも同時に書き改める等の非行をなしたものである。即ち、

(1)  柳城中学校保管の原告の履歴書は昭和二十七年五月頃原告が作成したものであるが、右履歴書において原告は真実は東京都豊島区役所教育課就職年月日が昭和十三年十月十四日、同区青年学校就職年月日が昭和十四年九月三十日、同校における身分給料が指導員(嘱託)、月手当額五十五円乃至七十五円及び同校退職年月日が昭和十八年十月三十一日であるに拘らず、右各事項をそれぞれ昭和十二年四月一日、同十四年四月一日、教諭八級俸乃至六級俸、昭和二十二年八月三十一日と虚偽の記載をなし、

(2)  被告委員会保管の原告の履歴書は原告が昭和二十八年五月頃作成したものであるが、右履歴書には前記東京都豊島区役所教育課就職年月日を昭和十一年四月一日と虚偽の記載をなした外、前同様の虚偽の記載をなし、又昭和二十二年八月三十一日柳城青年学校教諭として奉職後の原告の俸給は、別紙目録(一)記載のとおりであるに拘らず、同目録(二)記載のように虚偽の記載をなし、

(3)  昭和二十八年五月頃福岡県教育庁保管の原告の「履歴カード」に同年一月の異動事項の記入を命ぜられた際、原告は右(2)と同様の虚偽の記載をなした「履歴カード」を作成の上、これを同教育庁に送付して備付けしめた。

而して、昭和二十八年一月一日現在における原告の俸給額は福岡県公立学校職員の給与に関する条例に基き、その教育経験年数より算出すれば九級八号俸(一七、八〇〇円)であるべきであるのに、原告は不当に二号俸昇給した一九、二〇〇円の支給を受けるために前記(1)乃至(3)の虚偽の記載をなしたものである。右の非行は原告が人事々務に当るべき職務にありながらその地位を利用して行つたものであり、かつ原告には改心の情もなかつたので、被告は慎重審議の結果、柳川市教育界刷新のため地方公務員法第二十九条第一項第二号及び第三号により本件免職処分をなしたものである。

二、公立学校の教員については原告主張のとおり地方公務員法第五十八条第二項により労働基準法第二十条の適用があり、従つて免職事由について行政官庁の認定を受けなければならないようであるが、元来労働基準法第二十条第三項が規定する認定の性質は認可、許可等と異り事実確認の処分であつて、右規定を設けた趣旨は免職事由の有無を判断して不当な即時解雇による労働者の損失を防止せんがためである。ところで地方公務員が不利益処分を受けた場合は人事委員会又は公平委員会に対し当該不利益処分の審査の請求ができる旨の規定(地方公務員法第四十九条第四項)が存し、前記基準法が保障する以上の一層有利な救済制度が設けられているのであるから、右公務員法の規定が優先適用されるものと解すべく、従つて本件の場合は行政官庁の認定を要しないものである。仮にしからずとしても、免職事由が存在する以上、右認定の有無に拘らず当該処分は有効に成立するものである。

三、本件免職処分に関しては前記のとおり前後六回にわたり会議が開かれたが八月二十二日は緊急協議会、八月二十五日は臨時緊急協議会であつて定例若しくは臨時の委員会ではないし、又八月三十一日及び九月四日は八月二十六日の緊急臨時委員会の続会であるから、いずれも告示をしなかつたのであつて、この点につき原告の主張するような手続上の違法は存しないと述べた。(立証省略)

理由

原告は本訴において、昭和二十八年九月五日附を以て被告がなした懲戒免職処分の無効の確認又はその取消を求めるのであるが、本件懲戒免職処分は原告の審査請求の結果本訴係属中において柳川市公平委員会により停職処分二ケ月に修正する旨の判定がなされ(この点は当事者間に争がないところである。)従つて右懲戒免職処分は既に消滅に帰したものというべきであるから、原告には本件判決を求める法律上の利益はもはや存しないものといわなければならない。

原告は右公平委員会において地方自治法第二百五十七条第一項所定の期間内に判定がなされないため、審査請求を斥ぞける旨の裁決があつたものとみなして出訴したのであるから、右出訴後はもはや公平委員会において裁決をなし得ず、従つて前記公平委員会の判定は無効であつて、本件懲戒免職処分は依然存在する旨主張するけれども、右地方自治法第二百五十七条は地方自治法に基く異議の申立及び訴願の場合に関する規定であつて、地方公務員法第四十九条第四項による審査請求に関する本件の場合には適用をみないものと解すべく(従つて本訴は直接行政事件訴訟特例法第二条但書に基き提起されたものというべきである。)、従つて右地方自治法第二百五十七条の規定が適用されることを前提とする原告の主張はその余の点を判断するまでもなく採用の限りでない。なお附言するに地方自治法第二百五十七条第二項は単に異議の申立又は訴願の提起後、同条第一項所定の期間内に異議の決定又は訴願の裁決がなされないときは右申立又は訴願を斥ぞける旨の決定又は裁決があつたものとみなすことができる旨を規定したに止まり、異議決定庁又は訴願裁決庁が右期間経過後において異議の決定又は裁決をなすことは何等妨げないものと解すべきである。而してこのことは異議申立人又は訴願人が異議申立又は訴願が斥ぞけられたものとみなして出訴した場合においても別異に解すべき理由はない。)

よつて、原告の本件訴はいずれもこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鹿島重夫 大江健次郎 武居二郎)

(目録省略)

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